2006年12月06日

街の樹たち その2

昨日とおとといは、放射冷却が進んで霜が降りたそうです、うちの方。
今朝は少し雲が出て、霜までは降りなかったようですが、
それでもちゃんと寒くなりました。

その昔、この街に移ってきたばかりの頃は、あちこちに点在していた
武蔵野の名残の雑木林。
都市化が進むうち、少しずつ身の回りから姿を消しつつあります。

06_1206_zokibayasi.jpg

いろんな木が、それぞれに 生きている場所、雑木林。
その昔、ここに住んだ人たちは林に手を入れ、工夫して、
暮らしの中に取りいれて利用してきました。
長い間、人と共にあった里山の木々。
今日の街の木は、ミズキ、コブシ、ソメイヨシノとエゴノキです。





里山の雑木林は自然の林ではなく、人が手を入れ、管理してきた場所です。

日本の山は、自然に任せておけばいつか、てかてかの葉っぱの
カシやシイやタブノキに代表される 照葉樹の森になるのが普通なんです。
落葉樹がまばらに生えただけの林が残っているのは、人が手を入れて
その状態を保ってきたからです。


下草を刈り、枝を落とし、薪を採り、炭を焼き、
きのこを育てるホダ木を並べ、
食料も薬も染料も、雑木林で手に入れました。
人が関わることで、栄えた木も草も花も ありました。

春先にいろんな人が取り上げた「スプリング・エフェメラル」の花たちも、
(カタクリやイチリンソウとかですよ。)
まったくの山の中では 育ちにくいんですよ。

今は、心ない人が捨てていく 粗大ゴミばかりが目に付きます。
人が関わらなくなった雑木林は、荒れてゴミ捨て場にされるか、
潰されて道路やマンションに作り替えられていきます。



ここは、縦割り行政の弊害か、境界線の近くで、双方の役所の思惑がくい違い、
すりあわせに手間取る間に、放置され、勝手に繁った素敵な空き地♪

見事に色づいていたのは、ミズキの大木です。

06_1206_mizuki.jpg

カラスウリを眺めたり、カタツムリの楽園を見つけた場所。
私としてはそのまま、放って置いてくれるのが一番なんですけど、
どうやら、こちら街のリーダーさんは、ここに「里山体験館」を建てたいご希望。
その第一歩なのかな、なにやら工事が始まる予感。ああ、ドキドキ。

素敵な空き地♪綺麗な雑木林♪を ガガガガガーーーって切り開いて平らにして、
いろんな木や草を刈り取った上にアスファルトを敷いて、
大きな大きな 宿泊施設を建てて、
都会から「子ども達」を呼び寄せて、里山体験をさせたいらしいんですよ。

いくつもいくつも、顔見知りの木が出来ちゃったあとでは、
切られてしまうのを見るのは辛いです。
いつまでも意見がまとまらなくて、着工できないと良いな。
それにしても、里山って、
鉄筋コンクリートの建物やアスファルトの駐車場とは無縁だと思うんだけど。




これも↓街路樹です。

06_1206_kobusi.jpg

雨に濡れたコブシ(辛夷)の枝。渋い黄色に色づいた葉が落ちると、
暖かそうな毛皮を着た冬芽達が現れます。
冬芽とにらめっこして過ごす季節は もうすぐそこ。
1年なんて、あっという間に過ぎちゃいますね。



このあたり一帯が、里山と言われる景色だった頃を懐かしんでか、
里山にありそうな木を 街の人たちは身近に植えて親しんできました。

06_1206_sakura_ego.jpg

これも↑道ばたです。
赤いのはソメイヨシノ、黄色いのはエゴノキ。
こんな木の側に昔は、農家の屋根や畑が並んでいたんでしょうね。
今は、ビルと車ばかり。
風の強い日でないと、遠くのお山が見えないくらい、
街の上空の空気も濁ってきました。

公園はしばらく有りそうですが…空き地はもう、風前の灯火です。
雑木林、好きだったんだけどなぁ。
なんだかなぁ…。ちょっと淋しい今日この頃です。

ため息混じりに写真を撮って、もう数日経っちゃいました。
きっと、この写真の葉っぱ達、もうすっかり落ちちゃってますね。(^^;)
う〜ん、光陰矢のごとし。←大げさ




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posted by はもよう at 22:55| Comment(11) | TrackBack(0) | 木の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私のフィールドの「舞岡公園」は、丘の上の部分が造園業者が作り上げた「都市公園」、谷戸と雑木林の部分がボランティア・グループが保全・活動をしている「里山」、と2つの構成要素から成り立っています。
野生っぽい世界は後者なのですが、それでも「管理」が必要とあって「草刈り」の被害に遭うことは、今までの記事でおわかりですよね。
Posted by ひろし at 2006年12月06日 23:28
ひろしさん、こんばんは。
そう、舞岡公園の里山ような施設になるなら、ちょっと歓迎しても良いのですが、
多分、それじゃお金にならないのでしょうね。
「里山体験館」…不安…。(−−;)

雑木林は自然ぽいケド、管理が大事なんですよね。
かつて雑木林だったものは 多く残る我が街ですが、
ちゃんと手入れされた雑木林は、見かけなくなりました。
なんだかなぁ…。
Posted by はもよう at 2006年12月06日 23:41
●わたしの散歩道も国の管轄の河川公園で、
最近、やたらに整備されてます。
整備の範囲がどんどん拡大されてきて、
せっかく心に刻んだ植物も、
行ってみれば忽然と姿を消してます。
自分の土地じゃないから、文句は言われへんけど、
ほんとにガックリです。

里山は言葉だけ知っているけど、
ホンモノは歩いたことも近くで見たこともありません。
里山と小川がある場所を、いちどでいいから
のんびり歩いて見たいと思っています。



Posted by るな at 2006年12月07日 17:33
こんばんは。
人間の手が入っていない樹林はほとんど少ないのですね・・・。本当の樹林(ジャングル)には人間が怖がるはずです。
その意味では、人間は勝手な動物かも知れません。適度な安心を本能的に求めています。
自然を礼賛している「主義の人たち」が自然の怖さをどれほど理解しておられるのか、??なのであります(笑い)。
Posted by nakamura at 2006年12月07日 22:17
やれやれ、いずこも同じですねえ。
わが家の近くでも、道路や崖との境にいろいろな木を茂らせて楽しませてくれていたお宅が2軒、立て続けに家を壊して整地されました。その際、ブルドーザーなどの重機を入れて、敷地の木はすべて伐採、丸裸にしてしまうのです。そう、他人の土地だから何にも言えないけれど、木や草がそこまで育つのにどれだけ時間をかけてきたかを思うと、人間の都合で行うこういう開発行為の残酷さを感じます。
家の周辺のぼくの好きなスポットが少しずつ削られていくのはとても寂しいです。
Posted by ディック at 2006年12月07日 22:30
根岸森林公園のミズキはまだ緑色です。はもようさんの住まわれているあたりと、どうも紅葉で1〜1.5週間くらいの季節差があるような感じがしています。
Posted by ディック at 2006年12月07日 22:33
るなさん、こんばんは。
ああ、あの、時々ブログに登場する素敵な散歩道にも
「整備」の手が伸びてきているのですね。
都市部では、あんまり放置されても、外来植物ばかりがはびこって
よろしくないし、かといって、あんまり刈られちゃうと悲しいし…
難しいですよね。

里山…私も縁遠いです。
護岸をコンクリで固められてれていない小川って、見たこと無かったりしました。
「里山」をのんびり散歩したり、手作りの品や、食べ物と親しみたいですよね。
Posted by はもよう at 2006年12月07日 23:23
nakamuraさん、こんばんは。
わたしが住んでいるあたりは、ものすごく昔から、原生林を切り開いて、
雑木林を上手に利用した人々の暮らしが長く営まれてきた場所なんです。
ところが昨今、人が自然を利用しなくなって、里山だった場所は荒れ放題。

私がうろうろして、草花や木を眺めていると、
里山の自然が壊れ失われていく過程を観察しているような気になるんです。
昔の人たちは上手につきあってきたのに、今の人はなんにも知らないで
壊すだけなんですもの、もったいないです。

それとは別に、自然の怖さは何となく感じますね。
nakamuraさんのブログで、いつか見せていただいたような極相林は魅力的ですが、
怖くてちょっと踏み込めませんもの。(^^;)
Posted by はもよう at 2006年12月07日 23:41
ディックさん、こんばんは。
ご近所の、素敵なお家が壊されちゃったんですね。
それは残念。

都市部では開発や整備が進んで、せっかく育った木や草が無造作に刈り取られ、
また違う建物が建てられたり…しますよね。
草もぼうぼうにしておくと虫が出るとか言って役所に苦情が入るらしいし…。

顔見知りを刈られると辛いし、
身近な植物の観察には向いてない環境なのかもしれませんね。
でも、ここにしか居られないから、ここで頑張るだけなんですけど。(^^;)

紅葉はこちらの方がほんの少し早いのですね。
Posted by はもよう at 2006年12月07日 23:57
はもよう さん、壊されて整地されてしまった二軒は、さすがに古い家でしたね。庭や、道路との境の石積みなんかもとても古い。だから家の方がずっと昔に植えた木や草や花が、そのまま伸びて毎年花を咲かせる。そういう半ば藪になったような道路との境や崖は、ぼくにはとっても魅力的なんですが、元の家の方が売却して出て行かれると、根本的にばっさりやらなければ販売できないのでしょう。
横浜市の中区には、そういう古くて細い道路に面した家並みが、まだ結構残っているのです。自動車なんかが入れないような道なのです。
Posted by ディック at 2006年12月11日 23:34
ディックさん、そういうお宅、うちの方にもありますよ。
壊しているのを見ると、ああもったいないと思うのですが、
壊すくらいなら私にくれ〜っと、
だからといって買い取るわけにも行かず…。
前に私のブログでご紹介したヒガンバナのそばの道も、
数軒一緒に壊されて、地ならしされちゃいましたもの。
Posted by はもよう at 2006年12月13日 00:01
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